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【中国偉人列伝】1.范蠡

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この記事は書かれてから1年以上が経過しています。
読む際にはご留意下さい。

私が中国史の中で一番好きな人物です。

彼は呉と争う越の軍師でした。
この当時の呉には孫子兵法でお馴染みの孫武と「死者に鞭打つ」の語源となった伍子胥がいました。

そんな強力な呉を相手に范蠡が編み出した戦術の一つ・・
死罪を言い渡された罪人を集めて最後に国に殉じて名誉の死を遂げようと説きます。

彼らは兵士として整列し、敵の目前まで歩いて行き、いきなり自らの喉元を掻き切って自決するのです。
呉兵は皆恐れをなして撤退しました。

そんな范蠡は非情の人でもあります。
彼が諌めたにも関わらず無理な出兵をした越王勾践。
結局、呉に敗れてしまいます。

死を選ぼうとする勾践を説き伏せて呉王夫差の下僕となる事を承認させます。
そして自らは越で最も美しいと言われる西施を説得して夫差に献上します。
この時、范蠡と西施は恋に落ちていたのではと言われています。

自分の愛する女性を敵にくれてしまう・・なんて冷酷な人間でしょうか。
しかし国の存亡が関わる時に情に流されて判断を誤る事はなかったのです。

それから越の人間は勾践以下皆が屈辱の日々に耐え、やがて遂に呉を倒す日がやってきたのです。
その時、勾践は自分も命を救われたので夫差を殺すのには忍びなかった。
だが范蠡はそんな主君にこう言って諌めます。

「天の与うるを取らざれば反って其の咎めを受く」

呉を滅ぼした越でしたが、范蠡は国を去る事にしました。
勾践は越復興の最大の功労者である范蠡に
「お前には国の半分をやってもいいと思っている」と引き止めましたが彼は去りました。

その後、一緒に勾践を支えた同僚の文種に自分と同じように越を去る事を勧める文を送ります。
そこに書かれていた一文が・・

「蜚鳥尽きて良弓蔵せられ、狡兎死して走狗煮らる」

です。

文種は范蠡の警告を無視して越に留まりますが、范蠡の予言通り讒言によって勾践から自決を迫られて死んでしまいました。

范蠡は西施を連れて逃げたとも言われますが斉で鴟夷子皮と名前を変えて商いで大成功します。
あまりにも有名になりすぎた為、富を分け与えて斉も去ってしまいます。
次に陶朱公と名前を変えた後も商売で大成功して巨万の富を築くのです。

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