中国人は忍耐を説く時必ず勾践や韓信を例に挙げる

中国人は忍耐を説く時必ず勾践や韓信を例に挙げる

中国の古装劇を見ていると忍耐を人に説く時、よく勾践の名前を挙げます。
「天龍八部」でも慕容復が自害しようとしたのを止める際に父親が「勾践や韓信を見よ」と名前を出してます。

中国人は忍耐を説く時必ず勾践や韓信を例に挙げる

これまで見たドラマでも同じような場面に度々遭遇しました。

中国人は忍耐を説く時必ず勾践や韓信を例に挙げる
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中国人は忍耐を説く時必ず勾践や韓信を例に挙げる

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で、実際の勾践を描いたドラマがこちらです。

「呉越同舟」という言葉のように隣国でかつ敵国同士だった呉と越。
呉には「孫子の兵法」でお馴染みの孫武と「死者に鞭打つ」の語源となった伍子胥が参謀としていました。
越には「狡兎死して走狗烹らる」で有名な范蠡と文種が国を支えていました。

呉王闔閭は越との戦いの怪我が元で亡くなりましたが死に際に息子の夫差に
「勾践がお前の父を殺したことを忘れるな」
と言い残します。

夫差はその後、薪の上に寝て体に痛みを感じることで復讐を忘れないようにしました。
これが臥薪嘗胆の臥薪。

そしてついに呉王夫差は越を破ります。
越王勾践は自害しようとしますが范蠡がこれを押し止め勾践は夫差の奴隷として仕える事になります。