孔子

(追記16)
第38話最終回まで見ました。
全38話という構成の中で幼少期にかなりの話数を割き、子供からいきなり成人になり、あっという間に老人に。
それは実際の人生においても体感的には子供の頃は長く感じて壮年を超えると一気に年月が過ぎ去る速度が加速するのと同じです。

何度も書いてるように芸術的な映像で画面はほとんど暗くてかつ彩度も低いので淡い画作りが人生の儚さを現してるようでもあります。

孔丘、陽虎、少正卯の三人の物語として終盤まで続き、孔子と弟子との関係は中盤からオーバーラップしながらその重要度を増しては来ましたが、バランス的は三人の物語の比重が高くて弟子との関係は最終盤になってやっと主題に昇格したのでその辺は物足りなさも感じます。実際、顔回が死んで孔子が悲しむというのは史実通りではありますが、顔回の良さというのをちゃんと描いて来なかったのでその悲しみの深さの訳が見てる者には伝わりません。

春秋戦国時代の有名な人物も出てきたものの、斉の景公と晏嬰の扱いはあまりにも酷くて歴史ドラマとしては不満もあります。

ただ一人の頑固な人間の生き様を描いたドラマとしては自分の人生と重なるところもありしみじみと味わい深く見ることができました。

最後「人に仁を説きながら自分は全く親孝行できなかった」というセリフにはジーンときました。

(追記15)
第36話まで見ました。
人生なんてあっという間。幼少期からその生涯を閉じるまでを描くこのドラマを見ると人生の虚しさ、儚さを否応無く感じさせられます。若いうちは自分の人生は延々と続くように錯覚し、無為な時間を過ごしがちですが後で振り返ると必ず後悔しますね。しかし人間なんて皆そういう愚かな生き物なのかもしれません。

今回なるほどなと思ったセリフ。

(追記14)
第35話まで見ました。子貢は弟子の中で一番賢いと思うのですが、それ故理想主義者の孔子とは合わなかったみたいですね。それがドラマでも度々描かれています。

今回は印象的なセリフが多かった。

流浪の身となった二人は周の文王の良い評判を聞き、周へむかった。しかし、二人が周に到着したときにはすでに文王は亡くなっており、息子の武王が、呂尚を軍師に立て、悪逆で知られた帝辛(殷の紂王)を滅ぼそうと軍を起こし、殷に向かう途中だった。二人は道に飛び出し、馬を叩いて武王の馬車を止め「父上が死んで間もないのに戦をするのが孝と言えましょうか。主の紂王を討つのが、仁であると申せましょうか!」と諌めた。周囲の兵は怒り2人を殺そうとしたが、呂尚は「手出しをするな! 正しい人たちだ」と叫び、2人を去らしめた。

戦乱ののち殷は滅亡し、武王が新王朝の周を立てた後、二人は周の粟を食む事を恥として周の国から離れ、首陽山に隠棲して山菜を食べていたが、最後には餓死した。

甥の紂王が暴政を行い、西の周の西伯昌(後の文王)の勢力が増大していた頃、紂王を諌めたが聞き入れられなかった。周で文王が死んで発(後の武王)が立つと周の勢力はますます増大し、殷の他の者達は逃げ出してしまったが、比干は「臣下たる者は命をかけて諫言しなければならない」と紂王に対して諫言をした。しかし紂王はこれを聞かず、「聖人の心臓には7つの穴が開いているそうだ」といって比干を殺害した。

理想主義者の自虐の呻きに聞こえますね。なかなか思い通りにならない・・・自分の思いが人々に伝わらない、そんな虚しさを感じてしまいます。

理想を掲げながらも自分の考えを人々が受け入れてくれるとは限らないと孔子自らも悟ってるのでしょう。
現実主義者の子貢が最後まで弟子であり続けたのは意外ですが、恐らく師匠の本意を理解できたからなのでしょう。

(追記13)
第34話まで見ました。
春秋戦国時代の大国である、斉、楚、秦、晋(後に趙、魏、韓に分裂)と燕、呉、越については大体知ってるのですが、小国である魯、衛、宋、陳についてはほとんど知識がありません。その辺の国と大国との関係がよくわかっていいですね。

孔子が馬鹿正直で頑固なのもよく伝わってきますし、有名どころの人名が次々に出てくるので楽しいです。
呉王夫差に伍子胥、越王勾践に范蠡、文種・・

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