(追記33)
全体を通しての感想
モンゴルが舞台ということで絵面が草原メインで地味だし物語に入り込むまで時間が掛かりました。
全50話の前半25話位はほぼドレゲネの陰謀のオンパレードでストレスが溜まる展開。
チンギス・カンから始まってオゴデイ→グユク→モンケと凡庸な大ハンが続いてトルイ家も災難続きでしたがモンケの治世からフビライとアリクブカを含む兄弟の確執に物語の焦点が移りこの辺りからは人間ドラマとして見応えがありました。
歴史を振り返ると兄弟の権力争いは枚挙にいとまがありません。
中国では李世民の玄武門の変がありますし、日本でも弟・義経を殺した源頼朝が有名です。
本作ではアリクブカが兄フビライに憎悪の念を募らせていく様が丁寧に描かれています。
女がきっかけというのは本ドラマの創作ですが兄弟というのは他人よりも嫉妬しやすい存在なのかもしれません。
そしてどれだけ自分の周りの人間を殺されてもやはり弟は殺せないフビライの弱さも印象に残りました。
そういった点では本作は人間の本質をよく描き切れた作品なのではないでしょうか?
(追記32)
第50話最終回まで。
これも苦肉の計。
追い詰めたアリクブカをフビライが逃したことに激怒するチャブイ。
史実的には2年後死去とされていますね。
最後は歴史ものではお決まりのナレーションで説明して終わりのパターン。
(追記31)
第49話まで。
結局、フビライはアリクブカを殺せないが故に他の臣下・兵や民が大量に犠牲になってるんですが・・
この辺が李世民との違いですね。
(追記30)
第47話まで。
えー--!これだから女は・・
結果オーライではありますが・・
李璮を上手くコントロールする劉秉忠
この辺のくだりは面白いです。
劉秉忠が李璮を首チョンパ・・
いつも決断が遅くて足手まといのチャブイのせいで何人も犠牲になってますよね。
(追記29)
第46話まで。
劉秉忠を追い出したのはフビライの計略のような気がしないでもないですが・・
それにしては迫真の演技だしなあ・・
あら、李世民の事知ってたのね。
悪の集団。
ほら!やっぱりスパイだった!
早速、李璮を罠にかける劉秉忠
(追記28)
第45話まで。
こうなることを見据えた上でフビライが一芝居打ったとすれば大したものですが・・
ドレゲネの謀臣フチ、まさか生きていたとは・・
このドラマは登場人物をできる限り長い時間使いまわそうとする傾向がありますね。
(追記27)
第44話まで。
フレグがフビライ側に付きます。
劉秉忠を憤慨させましたが、これは何の意図があるんでしょうね?
(追記26)
第43話まで。
いよいよ直接対決。
(追記25)
第40話まで。
大ハンを決める部族会議に向けて多数派工作。
タガチャルはチンギス・カンの弟テムゲ・オッチギンの孫。
(追記24)
第39話まで。
無茶な南征を強行しボロ負けした上自身も命を落としたモンケ。
最後の言葉にアリクブカは結局は従わないんですよね・・
いよいよ最終決戦です。
(追記23)
第36話まで。
兵権を返上してしまったフビライはしばし雌伏の時を過ごします。
(追記22)
第35話まで。
モンケの猜疑心が頂点に達したのでフビライはひとまずは折れて謝罪。
チョロいw
あれだけ疑ってた癖に直接謝られると情に脆いモンケ。
モンケは初めから酒乱として描かれてますね。
フビライに対しては愛憎入り混じった複雑な思い。
優秀過ぎるが故に兄と弟から妬まれ攻撃されるのは李世民と同じパターン。
(追記21)
第33話まで。
このアラムダルという人物はペルシャ系でモンケ~アリクブカに仕えていました。
雑魚キャラと思いきやアリクブカと並んでラスボスに近い存在。
(追記20)
第32話まで。
モゲはトルイの八男。庶子なので馬鹿にされてますが・・
モンケ、フビライ、フレグ、アリクブカにとっては異母弟となります。
このシーンでアリクブケと殴り合いの喧嘩をするのは後のモンゴル帝国帝位継承戦争でフビライ側に付く伏線ですね。
ドレゲネさんフビライの軍師的立場に。
ガイミシュはモンケの即位後の1252年に処刑されたはずなのでドレゲネ、シレムン、ガイミシュの3人が史実を無視して生かされ続けてる事になります。
ドラマ的にはドレゲネVSガイミシュという見所を作りたかったんでしょう。
あまりにも史実通りだと面白味がありませんからね。
それの一体何がダメなの?って感じですがモンゴルの伝統を無視して漢化してるのが気に食わないと。
(追記19)
第31話まで。
このババアまだ生きてるのかよ!ていうかいつの間にか改心してフビライの味方になってるし。
史実上はドレゲネはグユクが大ハンになった2カ月後に死んでるのでドラマの都合上生かし続けてるということになります。シレムンもこんなに生き延びてるのはおかしい。
まあドラマ的にはいてくれた方が面白いんでしょうけど。
的確な助言までしてるし・・このまま善人キャラでいくのか?
それにしてもこの逸話は源義経が頼朝の許可なく朝廷から官位を貰って危険視されるようになった件と酷似します。
(追記18)
第30話まで。
次から次へと敵が現れてフビライが気の毒になりますが・・
今度は大ハンの皇后の父親がフビライに難癖を付けてきました。
母親はフビライこそが大ハンの器だと分かってるのですね。
宋を攻める前に大理を落とそうと。
(追記17)
第29話まで。
モンケ本人は何も思ってなかったのに周りの連中がフビライへの警戒心を煽っていくんですよね。
(追記16)
第28話まで。
謀反に関わったものは皆死罪。
この捨て台詞はモンケの深層心理に影響を残します。
この辺りは史実に忠実。
シレムンが一時的に助命されるのも史実通りですが結局は毛布に包まれて河に投げ込まれたとされています。
(追記15)
第27話まで。
せっかくチンギス・カンの遺言書を見つけてフビライを推すという文言まであったのに兄モンケと争うのを避けます。
今回モンケとは争うのを避けましたが後にアリクブカとは争う事になります。
1251年7月1日モンケがカアン即位。
1260年フビライがカアン即位。この時はアリクブカも即位宣言で両立し単独のカアンになったのが1264年。13年も無駄にしてしまいました。
(追記14)
第25話まで。
やっと折り返し地点です。
このドラマが扱う時代はチンギス・カンから第5代皇帝フビライまで5世代に渡り、それぞれ兄弟息子が多いので名前と関係性を覚えるのが大変です。
コデンはオゴデイの次男でグユクの弟ではありますがトルイ家と仲が良いのでモンケ~フビライの治世ではオゴデイ家の中で唯一厚遇されることになります。
(追記13)
第24話まで。
このババアまだ生きてやがった。
ところでシレムンは第2代モンゴル皇帝オゴデイの三男クチュの子。
ドレゲネはオゴデイの皇后なので孫ということになりますがクチュを産んだのはドレゲネではないのであくまでも義理の孫ですね。
シレムンは後にカアンの座をモンケと争う事になります。
(追記12)
第23話まで。
グユクとシバン(バトゥの弟)が相打ち。この事自体は創作です。
史実ではバトゥ征伐の途上でグユク死去となってますのでそれに符合するように話を展開させています。なおグユクの死因については諸説あります。またシバンの方は死因ははっきりしていません。