何も知らずに死ぬ恐怖

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蔦屋書店って独特のレイアウトで結構好きなんですが、先日、本を見ていてふと思った事。

「世の中にはこれだけの大量のコンテンツがあるのに1%どころか恐らくほとんどゼロに近い割合しか知らずに死んでしまうのか・・」と。

紀伊国屋でも丸善ジュンク堂でもこんな事思った事なかったのにどうしてだろう?

多分レイアウトのせいだろうな。
紀伊国屋にしても丸善ジュンク堂にしてもちゃんとジャンル別に仕分けされている。
だから別に自分に興味のないジャンルは知らなくても差し支えないと思える。

でも蔦屋書店の渾然一体とした配置は
「もしかしたらまだ知らないだけで自分が好きになれるものが世の中にはまだ大量に眠ってるかも」
と思わせるのだ。

そもそも今自分が好きな作家とかジャンルとかも出会いはほんの偶然に知ったに過ぎない。
だとすればその運命の出会いを逃しているだけのものがまだ沢山あるはずなのだ。

映画やドラマなどの映像コンテンツは全体の量が高が知れているのでその気になればある程度フォローする事も可能だろう。

だけど本や音楽もその量が膨大過ぎて結局どこかで線引をして残りは諦めざるを得ない。

こういう思いは何もコンテンツだけに限らない。
世の中には色んな楽しい事がある。
そして出会える人の数もほんの僅か。
行ける場所も・・

そう考えると人生のあまりの短さに絶望的となる。
もっともっと効率的な生き方を模索したくなる。

無駄な時間は1秒たりともないのだ。

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